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Cumu

2018.02.10

人を幸せにするのは
「仕組み」ではなく
「クオリティー」

荒金 大典

デジタルのインフラが整備され、コンテンツの表現方法も広がり続けています。デジタルの進歩によって、紙媒体は生き残れるのか、などという話しが盛り上がった時期もありましたが、それは表現方法が広がったという話しであって、そこに競争の構図はありません。もちろん、コンテンツを生活者に届ける仕組みは大きく変化しつつあるので、誰が儲かるのか、という部分は大きく変わってくるのかもしれません。しかし、コンテンツを作る立場としては、表現の幅が広がったということでしかないのです。

 

出版不況と言われて久しいですが、果たしてそうでしょうか。出版という言葉で一括りにすることの意味が無くなったということではないでしょうか。マーケティング理論の古典には「ドリルを買う人が欲しいのは、ドリルではなく穴である」という言葉があるように、ものを作る側は生活者に対して何を提供すべきなのか、自分たちの存在価値は何なのかを深く考える必要がありそうです。それは決して出版という「手段」に縛られるものでは無いはずです。

 

コンテンツを生活者に届ける仕組みはこれからも進化していくでしょう。そしてもしかしたら、今までの届け方が無くなる時がくるかもしれません。しかし我々が生活者に対してクオリティーの高いコンテンツを届けることを探求する限り、これからもやるべきことは尽きないのです。

 

新しい仕組みには新しい表現方法があり、それによってコンテンツ自体も新しく生まれ変われるチャンスがあります。だから、新しい仕組みには常に興味を持って接していくことが必要です。しかし新しい仕組みを駆使したからと言って、生活者を幸せにできるとは限りません。複雑なホームページは面倒くさいし、つまらない電子書籍は売れません。役に立たないアプリはダウンロードされないのです。結局、生活者を幸せにするのは今まで通り、コンテンツのクオリティーそのものなのです。ですから、コンテンツの作り手は、新しい仕組みにいつも注意を払いつつも、それに気を取られ過ぎることなく、クオリティーを高めることに集中すればいいと思っています。

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